したいろく

「したい」録、慕い録、肢体録、死体録、四対六

伝えたい

いま、己を高めてキーボードを叩いている。

腐りきった自分が、微かな夢を見ようとしている。

 

ここは高級なホテルのラウンジ。

淡い期待と、一つの決心を背負って、

超高級なディナーを一人楽しんでいる。

 

久しぶりにこの感情を抱いた。

なんと前向きな気持ちだ。

今日社内の試験に落ちたことがわかったショックも少し忘れそうになるぐらいだ。

(死ぬほど引きずってる、ってか死にたい)

 

恋してしまったかもしれない。

それもホテルのウェイトレス。

という顔を持つ、風俗嬢の女の子。

 

 

 

初めて行った風俗で恋心を抱いた。

 

なぜ風俗に行ったかは割愛させてくれ。

端的に言うと、東京でやり残したことの一つだったからだ。

 

初めて入った無料案内所。

優しいお兄さん(見た目は怖い)。

連れられて行った、謎の受付。

見るからに優しそうな別のお兄さん。

 

初めての風俗は思いのほかスムーズに指名の段まで来たのだ。

 

さあどの娘にしましょう。

これまで憧れだったモザイク無しの風俗嬢写真。

普通にきれいな人が多かったが、強く惹かれるなにかは特になかった。

風俗に対する過度な期待はなかった。

プロの女性にシゴかれ、馬鹿にされる経験を

人生の先の先、小さなラジオブースで自虐談として語りたかっただけなのだ。

 

なんとなく、年齢が近くてショートボブの髪型のお姉さんでいいか。

そう思ったぐらいのとき、見るからに優しそうな受付のお兄さんは

一眼レフを必死にいじって、一人の女の子を見せてくれた。

どうやら、今日体験入店初日で、面接・撮影したての女の子がいるらしい。

 

19歳、小柄、めっちゃ可愛いっす、まだお客さんの相手したことないのでお兄さん色に染めちゃってください

 

お兄さんの声に、胸の高鳴りとも違う、どちらかといえば宿命みたいなものを感じた。

 

その娘にしてください。

自然とその言葉が口をついて出た。

 

そこからの展開は速かった。

90分2万5千円を支払い、偽名で登録し、

ラブホテルを案内され、ホテルから部屋番号を電話で伝えた。

 

10分ののち、小さなノックの音が聞こえた。

古いドアを開けると、想像よりもずっと小さな女の子が立っていた。

 

余裕を見せたいが、こちらも風俗童貞。

風俗処女をスマートにエスコートできるほど、

男としてのレベルが高くない。

 

風俗童貞の自分に残された手段は一つだけ。

お互いが緊張しないよう、極めて普通の会話を楽しむこと。

これまでの女性コンプレックスも、19歳で145㎝の怯える女の子の前では

責任感が背中を押した。

 

最初はお互いソファの端と端に座っていたが、

15分近く話しているうちに、心の壁が次第に解けていくのを感じた。

 

それぐらいから、目の前にいるこの小さな花のような女の子を

なんとか守ってあげたい、という気持ちが芽生えた。

 

自分の生育環境もあると思うが、

厳しい家庭で育った子のそれはなんとなくわかるのだ。

言葉遣い、姿勢、オーラ。

とても真面目でしっかり育った女の子だった。

だからこそ、幸せになってほしいと心から思った。

同じように厳しい環境に育った自分とその娘が、

風俗客と風俗嬢として、一種の童貞と処女として、

お互い偽名でこうして向かい合っていることが奇縁に感じた。

 

まったく店で講習などもなかったらしく、

お互い探り探りでシャワーを浴び、

イソジンでうがいをし、

ベッドに横たわった。

小柄だが細く、胸が大きかった。

 

横たわり、その娘の目を見たとき、

一つになれると確信めいたものがあった。

 

時が過ぎ、

タイマーが鳴ったが、自然に二人ベッドで楽しく話していた。

 

「男」としては0点の内容だった。

この娘に対する心の奥底の強い衝動が、性欲を見事に殺した。

こんなどうしようもない男で風俗嬢デビューしたことを

その娘は何故かすごく感謝してくれた。

 

そしてシャワーを浴び、タオルで体をふいていた時、

部屋に備え付けの電話が鳴った。

電話の向こうは、この女の子を紹介してくれた優しそうなお兄さんで、

時間超過を知らせた。少しだけ怒っていた。

そして、女の子に代わってくれ、とのことだった。

どうやら女の子も怒られたらしい。

 

急がなきゃ、と、渋谷の街は恥ずかしい、

が自分の中で入り交じり、

少し足早にホテルを出て、店の近辺でその女の子と別れた。

何か言うべきだったのに言えなかった。腕を組んでくれたのに。

 

 

あの90分間と少しのアディショナルタイム

たったの100分前後が、今週のすべてだった。

 

そして、4日経った今。

ホテルのラウンジにいる。

書き始めたころは盛況だった店も、女子大生・OLのインスタ全力勢が去り、

店員も店終いを進めている。

 

どうやら、このホテルのこのレストランでバイトをしていると言っていた

あの女の子は今日居ないらしい。

いつ居るのか、本当に居るのか、確かめる術は持ち合わせていない。

でも、このホテルの匂いはあの娘の匂いと一緒だった、と思う。

 

ちなみに、その風俗店のホームページにも載っていない。

体験だったからやめたのか、何があったのか、

これまた確かめる術は一つもない。

 

すべては幻だったのか。淡い期待は海の深くへ沈んでいく。

たとえ幻だったとしても、幸せになってくれてたらいいな。

心から願っている。

 

もしまた、その小さな女の子に出会ったときはしっかりと伝えたい。

あの100分間の奇跡のお礼と、

このくだらない男の本名を。

 


PUFFY「BYE BYE 」 lyrics/song 志村正彦