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したいろく

「したい」録、慕い録、肢体録、死体録、四対六

まっすぐにいきたい

激動の4月を生き抜いた。

 

意気揚々と更新意欲が高かった3月から一転。私の職務復帰の日は驚くほど突然やってきた。

 

なんとなく4月中旬からの復帰を予定していた私は3月31日、寮からの引っ越しを行っていた。その日のうちに何とか片付き、荷物の配送も完了した帰り道、もともとの職場から電話がかかってきた。

その日電話がかかってくることは事前に知っていた。3月31日に人事異動が発表される。私の異動は既定路線だったから、その日のうちに電話がかかってくるのはすでに伝えられていた。

電話がかかってきたのは17時。朝9時半から電話の前で待機していた私は「(遅ぇよ・・・)」と不満を抱きつつ、地下鉄の駅に入ろうとしたところというタイミングの悪さを上司に恨みつつ、電話に出た。

異動先を通達された。聞きなれない部署名でメモを取るのに困った。新設の部署だそうだ。問題はそのあとだ。

「来週月曜から来れるね?」

「え…」と一瞬声に詰まった。もう2週間ぐらいは出社するつもりはなかったし、翌週は一度顔を出す程度の認識でいたからだ。

「朝からですか…?」

傍から聞くととても失礼な質問だが、あまりのショックに尋ねてしまった。「そうだよ。」と普通に返された。

 

そこからの土日は気が重かった。一週間の引継ぎ期間とはいえ、あの職場に行くことが頭の中でどうしても克服できなかった。

いつものようにあれこれ思い悩み、結局「元気に明るく」戦法で乗り切ろうということになった。それぐらいつらかった。

 

会社に行くと、もちろんではあるがいろんな人から心配され、優しくしていただいた。「元気に明るく」は慣れていないから、途中から嘘くさくなっていたと思う。それでもたった五日間を乗り切るだけで精いっぱいだったし、今でもよくやり切ったと思う。後輩がいつの間にかでき、彼らが質問してくれるのも有り難かった。どうでもいい部署の引っ越し作業で日中がつぶれたことも気が紛れた。

 

嫌だった上司との飲み会や、送別会もよく頑張った。今から思えば、あの職場での数々のイベント・出来事は「頑張らなきゃいけない」意識がすごく強かった。全身のエネルギーをすべて持っていかれることが分かっているから、いつも身構えて体を硬直させていて、それがさらに自分を疲弊させていった。

 

そして新部署へ着任。

新部署とはいえ、周りの諸先輩方はその道のベテランばかり。自分は断トツのペーペーで、知識も何もない状態だ。

新上司とは最初にこれまでの経緯を面談で話し、とりあえず三か月は勉強期間として先輩の行動に帯同、ということになった。これまでのことをすべて話せて、初日から肩の荷がかなり下りた。

 

新部署の上司・先輩はとても接しやすい優しい方ばかりだ。部署として早帰りが推奨されており、雰囲気残業のようなものはない。これまでの文化と違うことも多く、戸惑うことも多々あるが、ランチ時に部署の人とゆっくりしゃべれる時間があるのも非常にうれしい。

 

新部署に着任して2週間。落ち着いてきたころに大風邪を患った。「これから」というときに体を壊すのもいつもの私だ。会社を2日ほど休み、出勤しても心配ばかりされる日々。これではまだまだ過保護から脱することができていない。早速会社外で失敗した。思い出したくないからさっさと忘れて反省しない。内容も書かない。

 

5月に入る。クールビズになる。

そろそろできることを増やしていきたい、と思う。完全に受注業者としてやってきた4月だったが、それが許されるのも4月だけだと肝に銘じておかなくては。そろそろ「やれる」「できる」ことを見つけて、それを自信にして、「仕事大変だよぉ」みたいなことを言いながら旨い酒を飲みたい。完全に今はアシスタントさんのほうが会社への貢献度が高い。給料泥棒イズミー状態よ。

 

あと、5月はプライベートの充実も積極的に図っていきたい。現時点で金曜日の夜は全部埋まっている。どうした俺。いいぞいいぞ俺!

 

めちゃくちゃなことを言いますけど、やっぱりデートとかしたいんすよ。結婚願望ないんすよ、って言っておけばそういうニーズが合致する人と出会えるんじゃないかなーって。

とりあえず、地獄の半年の間にかなりの人間関係は整理したから、今後は気分のいい人と楽しく飲む。好きな人とのつながりだけを尊重し、負担になる人間関係はすぐに断捨離する。それが日々の精神衛生上健康だと思います。

好きな人で埋められたLINEのトーク履歴を眺めるのも壮観ですよ。