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したいろく

「したい」録、慕い録、肢体録、死体録、四対六

確立したい

自我の確立」という便利な言葉を知った。

 

星野源のエッセイ「蘇える変態」を今更ながらつい最近買った。悔しいが非常に面白い。

 

蘇える変態

蘇える変態

 

 

読みやすい題材、言葉で、自虐・下ネタも多く、かつ「ゆる斬新」な切り口。そして命の危機に瀕した時期の作品だけに言葉の持つ説得力・重みをこちら側に想像させる。悔しい。何かで「星野源の魅力に屈しない女子会」みたいな記事を読んだが、その論議もわかる。そして全国民玉砕だろう。少なくとも私のような人間はあっさり屈した。もう国民みんな好きでいいじゃん。ってか嫌いになる要素が少ないんだもの。

 

その「蘇える変態」のなかで「この頃はまだ自我というものが確立されておらず…」みたいな文章を読み、なるほどいい言葉だと思ったのだ。

個人的にこの穀潰し期間を「自我の確立に充てた」と名づけることで正当化したい。

 

だが「自我」ってなんだ?という疑問がわく。あたりまえなのだが。

 

「自我」とは、、、ここで国語辞書の引用を持ってくるようなエッセイをよく見かけるが、私は自分で悲しくなるぐらい面倒くさがりの為引用しない。辞書に書いてあることぐらいだいたい想像つくでしょ?「自分らしさ」とかだよ、たぶん。

 

その一方で、先日平野啓一郎の「私とは何か―「個人」から「分人」へ」という新書を読んだが、そこでは本当の意味での「自分らしさ」というものは存在しない、と記されていた。

 

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

 

 

この「分人論」についてはかなり読み物として面白いのだが、具体的な主張についての解説はどうしても長くなるのでAmazonのレビューでも見ておいてほしい。それに実生活で活かしていくのはなかなかに難しいように日々感じている。

 

では「自分らしさ」というものの存在も怪しくなってきた。「自我」ってなんだ

 

ここで星野源に帰ってくる。「星野源オールナイトニッポン」にて「自信の身に付け方」をティーンリスナーたちに語る星野源

話脱線しますけど、あのANNの月曜日担当すよ。あの伊集院と真裏で相撲とってるんすよ。凄くないですか星野源。僕が初めて彼を見た頃はtvksakusaku白井ヴィンセント(黒幕)から「モテルバーグ監督」とか言われてたんすよ。タマフルでは「スーパースケベタイム」として番組ジングルを匿名で作ってたんすよ。どうした星野源

いつか「星野源オールナイトニッポン」を聴いたティーンエイジリスナーが歳を重ねて、伊集院のラジオにサイコ版空耳アワーみたいなネタを送りつける。もしくは磨き上げたセンスと膨大なサブカル知識を武器にタマフルで「女の子に蹴られたいシチュエーション」を全力で語り合う。そういう未来を私は願っているのです。

 

はい脱線修正。ラジオで言ってたのは、ざっくり言うと「カッコいい行動して、カッコいい内面になって、ダサい自分を打ち払え」ってこと。そうすれば共鳴しあえたり、磨きあえる人たちが自然と寄ってきて自分に自信が持てるよ、って。

www.subcul-girl.com

(こういうのを真面目に語るのも良いのよねぇ)

 

うーむ、なるほど。悔しいけど正しいかも。

 

ってことでとりあえず、なんでも「自分が好きな事・カッコいいと思う事」から固めていこう。外見→内面の順番だ。「ラブホの上野さん」でも「結局人は見た目で判断するのでございます」って言ってたし。他人は内面なんか滅多に見てくれないのだ。

 

3月は雰囲気・見た目のリストラクチャー月間としましょう。早速髪型を変えてみました。初めての美容室にも行ってみました。初対面の美容師のお姉さんともスマートに会話しました。「ハチの張りと絶壁アタマがコンプレックスなのでマッシュ系の髪型にしたいです。仕事がスーツなのでビジネスにも使える感じで。必要があればポイントパーマも入れたいですね。あ、前髪は重めで左から右へアシメ風にお願いします。」完璧なオーダー。まあ、髪が短くてマッシュの土台しかできなかったんだけどね。

 

そのお姉さんはとてもいい人で気さくに会話も盛り上がり、終盤には「お客さん、オシャレとか好きでしょう?」と現在のピンポイントキラーワードを言われて大満足。

 

あら、こういうの楽しいじゃない。見た目を磨いた(気になった)ら、こんなにも世界が明るくなるのか

 

今は他人との面倒くさいしがらみをすべて断ち切っている状態だから気楽でいい、ってのは十分わかってるけど、それでも髪型を変えたり服を買って、オシャレになった気分で「Week End」とか聴きながら、れにちゃんみたいな顔(星野顔)を作って街を歩くだけで気分が晴れる。この手段を知っただけでも大きな進歩。「自我の確立」って個人的には「無条件でテンションが上がる、自分に自信が持てる、自分にとっての安らかな場所を見つける」ことなのかなって結論です。平野要素もちょっと入れてるよ。

 

ただ、テンションMAXのときに不意打ちで苦手な人に会った時のキョドり体質は改善されていないので、星野君、次はそういうところ話してよ。

 

 

追記)たっつんさまのブログ「轟け!サブカル女子」を引用させていただきました。