したいろく

「したい」録、慕い録、肢体録、死体録、四対六

したい

①25年の間、自分の”したい”を記録し、公開し続ける。

  

②50歳の誕生日までにwikipedia(もしくは2042年現在のそれに類するもの)に自分のページができていた場合、この記録を出版する。

 

③万が一、50歳の誕生日までにwikipedia(もしくは2042年現在のそれに類するもの)に自分のページができていなかった場合、全記録を消去し、粛々と禅譲に努める。

 

 

 

25歳から50歳までの25年間を"完璧な四半世紀"に。

まっすぐにいきたい

激動の4月を生き抜いた。

 

意気揚々と更新意欲が高かった3月から一転。私の職務復帰の日は驚くほど突然やってきた。

 

なんとなく4月中旬からの復帰を予定していた私は3月31日、寮からの引っ越しを行っていた。その日のうちに何とか片付き、荷物の配送も完了した帰り道、もともとの職場から電話がかかってきた。

その日電話がかかってくることは事前に知っていた。3月31日に人事異動が発表される。私の異動は既定路線だったから、その日のうちに電話がかかってくるのはすでに伝えられていた。

電話がかかってきたのは17時。朝9時半から電話の前で待機していた私は「(遅ぇよ・・・)」と不満を抱きつつ、地下鉄の駅に入ろうとしたところというタイミングの悪さを上司に恨みつつ、電話に出た。

異動先を通達された。聞きなれない部署名でメモを取るのに困った。新設の部署だそうだ。問題はそのあとだ。

「来週月曜から来れるね?」

「え…」と一瞬声に詰まった。もう2週間ぐらいは出社するつもりはなかったし、翌週は一度顔を出す程度の認識でいたからだ。

「朝からですか…?」

傍から聞くととても失礼な質問だが、あまりのショックに尋ねてしまった。「そうだよ。」と普通に返された。

 

そこからの土日は気が重かった。一週間の引継ぎ期間とはいえ、あの職場に行くことが頭の中でどうしても克服できなかった。

いつものようにあれこれ思い悩み、結局「元気に明るく」戦法で乗り切ろうということになった。それぐらいつらかった。

 

会社に行くと、もちろんではあるがいろんな人から心配され、優しくしていただいた。「元気に明るく」は慣れていないから、途中から嘘くさくなっていたと思う。それでもたった五日間を乗り切るだけで精いっぱいだったし、今でもよくやり切ったと思う。後輩がいつの間にかでき、彼らが質問してくれるのも有り難かった。どうでもいい部署の引っ越し作業で日中がつぶれたことも気が紛れた。

 

嫌だった上司との飲み会や、送別会もよく頑張った。今から思えば、あの職場での数々のイベント・出来事は「頑張らなきゃいけない」意識がすごく強かった。全身のエネルギーをすべて持っていかれることが分かっているから、いつも身構えて体を硬直させていて、それがさらに自分を疲弊させていった。

 

そして新部署へ着任。

新部署とはいえ、周りの諸先輩方はその道のベテランばかり。自分は断トツのペーペーで、知識も何もない状態だ。

新上司とは最初にこれまでの経緯を面談で話し、とりあえず三か月は勉強期間として先輩の行動に帯同、ということになった。これまでのことをすべて話せて、初日から肩の荷がかなり下りた。

 

新部署の上司・先輩はとても接しやすい優しい方ばかりだ。部署として早帰りが推奨されており、雰囲気残業のようなものはない。これまでの文化と違うことも多く、戸惑うことも多々あるが、ランチ時に部署の人とゆっくりしゃべれる時間があるのも非常にうれしい。

 

新部署に着任して2週間。落ち着いてきたころに大風邪を患った。「これから」というときに体を壊すのもいつもの私だ。会社を2日ほど休み、出勤しても心配ばかりされる日々。これではまだまだ過保護から脱することができていない。早速会社外で失敗した。思い出したくないからさっさと忘れて反省しない。内容も書かない。

 

5月に入る。クールビズになる。

そろそろできることを増やしていきたい、と思う。完全に受注業者としてやってきた4月だったが、それが許されるのも4月だけだと肝に銘じておかなくては。そろそろ「やれる」「できる」ことを見つけて、それを自信にして、「仕事大変だよぉ」みたいなことを言いながら旨い酒を飲みたい。完全に今はアシスタントさんのほうが会社への貢献度が高い。給料泥棒イズミー状態よ。

 

あと、5月はプライベートの充実も積極的に図っていきたい。現時点で金曜日の夜は全部埋まっている。どうした俺。いいぞいいぞ俺!

 

めちゃくちゃなことを言いますけど、やっぱりデートとかしたいんすよ。結婚願望ないんすよ、って言っておけばそういうニーズが合致する人と出会えるんじゃないかなーって。

とりあえず、地獄の半年の間にかなりの人間関係は整理したから、今後は気分のいい人と楽しく飲む。好きな人とのつながりだけを尊重し、負担になる人間関係はすぐに断捨離する。それが日々の精神衛生上健康だと思います。

好きな人で埋められたLINEのトーク履歴を眺めるのも壮観ですよ。

何かを得たい

パーフェクトイヤーってのは初出はE系のグループらしいですね。

 

バンもんのオリジナルプロジェクトだとばかり思っていたら、日曜朝の音楽番組にバンもんが出ているときに「パクリではないんですか…?」っていじられていて初めて知った。かなりのテレビっ子を自認している私ですが、Eさんみたいな表街道の話題には滅法疎いのです。ああ恥ずかしい。

 

前回のブログは改めて見直してもひどい。酒も飲まずに勢いだけでよく書けたもんだと逆に感心する。思考の言語化と妄想の言語化では賞味期限が違うことを改めて実感した。妄想は生ものです。

 

東京に戻ってきてからというもの昼夜逆転の生活が続いていて、社会復帰に不安を抱いている。交通費をケチって早めに戻ってきたのだが、社会的な人間関係がこれまで以上になくなってしまい、ただただ食費と書籍代に貯金が蝕まれていく生活を送っている。昼夜逆転のメリットとしては、深夜徘徊の際は大概の店が閉まっている為浪費を防いでいることぐらいだろうか。昼過ぎに起きて、人をダメにするソファに一日中体を預け、深夜になってやっと重い腰を上げてラジオを聴きながら近所を散歩する。生産活動を一切行わないことも逆に辛いものだ。

 

消費活動についてはこれまでとは質を変えてみた。テレ東の深夜番組「ほぼほぼ」のアイドルフェスに単独参戦した。


ほぼほぼフェス 生ハムと焼うどん with あの、しふぉん、まえだゆう ~「ツイテール」練習中~

アイドルのライブに一人で行くのは初めてである。翌日の水曜JUNKで当番組のMC山ちゃんも言っていたが、ゆるめるモ!predia生ハムと焼うどんのパフォーマンスはお世辞抜きで腰が抜けた。番組内では非常に力が抜けているアイドルが、ライブでは凄まじいパワー・熱量で表現していた。普段おとなしい子の「やればできる」姿を見せられた時の衝撃はとてつもない。これまで勝手にB組仲間のような意識でいた同胞が全力で輝いている姿に心を揺さぶられないわけがない。ああ、このパワーに対して俺は何を返していけるのだろうか。何を生み出しているのだろうか。

 

生うどんはこれまで「いけすかねーな」と思っていたが本当に反省したい。彼女たちのセルフプロデュース力を知らずして、よくこれまでテキトーな批判をしていたものだ。「ツイテール」「たまごかけごはん」の圧倒的多幸感・一体感。本当に断食が心惜しい。


ツイテール

prediaはそもそも存在自体そこまで認知していなくて本当に反省ものだ。メインボーカル湊さんの圧倒的歌唱力。コーラスワークの美しさ。振付も直球ド真ん中160km/h(特にギリラブ)。2列前の席の真面目そうなサラリーマンのおっさんも追っかけなんだろうな。わかるわかる。


predia「美しき孤独たち」 MUSIC VIDEO DANCE SHOT ver.

そしてほぼほぼフェス単独参加の主因、ゆるめるモ!。普段とのギャップが一番強いのは彼女たちだろう。後藤まり子作詞作曲の「id アイドル」から始まる狂気にも近い圧倒的推進力。「震えて甦れ」の曲フリで本人たちも言っていたが、この「わからないやつには一生わからなくていい」感。それ故のバチッとハマった時の、芯まで抉り取られるかのような感覚は楽曲以上に彼女たちの個性によるものだ。バンプオブチキンとかラッドウィンプスとか、バンド名にしちゃえば簡単な話だが、本当の意味での「ゆるゆる生きているように見える人間の本気の一撃」の恐ろしさを全身で感じる。誰しも普段から真面目に一生懸命頑張って考えて生きている。奥底まで考えていない人間ほど、人に対して「もっと真面目に考えろ」などと言うものだ。だから、私は人に対して「もっと考えろ」などと奢った意見は言えない。みんな考え抜いたところで生きている。そのうえで「考えない」という選択をした可能性だってあるかもしれない。


ゆるめるモ!(You'll Melt More!)『id アイドル』(Official Music Video)

 

 

ライブ会場の後ろの方で一人ぼーっとそんなことを考えて、充実のうちに帰宅。早速YouTubeを漁り、ゆるめるモ!はアルバムを2枚Amazonで買ってしまった。そして誓った。アイドルの現場にもっと行こう。在宅派などとこれまで気取っていたが、一人で会場に行くから全身で感じるパワーがあるものだ。翌日早速SHOWROOMでけちょんにコメントしたぜ。

 

YOU ARE THE WORLD

YOU ARE THE WORLD

 

 

今週は何も生産せず、ただただ消費者として貪り続けるだけの一週間であった。父の命日も結局何もしなかった。だがしかし社会復帰へのカウントダウンは刻一刻と減っている。今更なにを「自信がなくなってきた」だの「不安になってきた」だのホザいているのだ。逆だ。消費者としてアイドルのライブに参戦し、消費の中から知見を得たのだ。これから嫌というほど社会との交流から経験を得る。だが知見は今後なかなか得ることができない。今しかできないことを私は日々しっかり行っている。それが血となり肉となり自信になる。男の最高の化粧は自信だという。ちなみに女の最高の化粧は笑顔だそうです。

 

さらにもう一つ。「他人に期待しない」ということは肝に銘じておきたい。

勝手に他人に期待するから傷つく。期待するほど他人は私を見ていないし、評価もしていない。期待しているほど他人は私に優しくない。だからこちらが下手に出て相手の顔色を伺っても、相手は何にも感じないし、更に調子に乗って上からマウントをかけてくる。それが自分を苦しめる。だったら自分にもっと期待した方がいい。自分の身の回りの環境を自分で整えて、自分の能力を最大限発揮することに期待した方が百倍いい。他人なんかに期待しちゃだめだ。下手に出ちゃだめだ

 

そんなことをこの一週間練り続けて、今日も私は「id アイドル」を聴いている。

大河ドラマしたい

大河ドラマ憧れがある。

 

大学時代からの友人との飲み会で、このブログの存在や今後の展望を話した。親や将来の嫁にも伝えることのないであろうこのプロジェクトを、この世界で打ち明けられる唯一の存在が彼らだ。

 

彼と彼女はとにかく優しい。日々の鬱屈から生まれる私の偏屈な暴論も優しく受け止め、最大限の同意をくれる。その優しさにかまけて更に喋りすぎてしまう。自分の感覚を文字化する為にブログがあるとすると、音声化できる彼らとの飲み会は凄く尊い

その一方で、「あれが好き」「あういうの嫌い」を思いっきり話した後の気分は独特だ。圧倒的開放感が私を不安にさせる。普段ツイッターでもろくに呟けないヘタレの私が喋りすぎる事の危うさよ。ダムの決壊に近い放水。その紙一重の感覚はある種の悦楽であり、この悦楽を味わわせてくれる二人には感謝の念が堪えない。いつもごめんねありがとう。

 

今日のハイライトとして記録する。りななん、ふみかす、ゆるめるモ!、ようなぴ、バンもん!、ほぼほぼ。

 

 

そして今日の問題案件が大河ドラマプロジェクトである。

 

私は大河ドラマが大好きだ。現在は「おんな城主 直虎」が放映中で、もちろんどハマり中。柴咲コウ美人だよね。高橋一生不憫だよね。

 

このブログの最終目標を二人と探り合っていくうちに、私は自分の半生を大河ドラマにしたいと発していた。テーマ音楽は千住明だ、と。

 

狂気の沙汰とお思いだろうか。

 

もう一度あえて言おう。私の夢は「大河ドラマの題材」だ。

ここから先、途中下車は一切受け付けない。禁句は「なーにいってだこいつ」。さあレッツライド。

 

タイトル「馬と呼ばれた男(仮称)」。この壮大な大河ドラマの主人公である私役を演じるのが、今を時めく若手本格派ナンバーワン俳優、神木隆之介

自分を誰が演じるか考えることは非常に重要である。実生活において「あ、今の俺をNHKがドラマにするときは神木隆之介だったな」と思い出すことが人生のモチベーションとなる。あくまでも私に神木が寄せてくるのだ。私が神木に寄せるのではない。

渋谷の居酒屋で私の目の前に座り、私の趣味談議に付き合ってくれる唯一の友人が菅田将暉小松菜奈。こりゃ視聴率がとんでもないぞ。

神木・菅田・小松が渋谷で出会うことから物語が始まる。何かが生まれる予感するじゃん!何を成し遂げるのかはまだ未定。このドラマの脚本の為に実生活でも頑張ろうって気になってきた。

 

外堀の方は大型突貫工事で着々と埋まっていく。テーマ音楽千住明。馬が疾走し、昇り竜のような書体で縦書きのキャスト名が並ぶOP映像。「馬と呼ばれた男」紀行用どーもくん(馬の被り物)。神木がスタパ(=スタジオパークからこんにちは)に出演した際の秘蔵映像や高畑淳子との絡み。菅田の早期退場による「○○(←役名)ロス」なる社会現象まで想定済みだ。

 

30代以降は年齢に応じて主演俳優の交代も考えている。つまり神木を子役扱いする贅沢采配。

30代・・・森山未來

 

↑ここまでは既定路線。

 

(40代突入後、突如両腕がハサミになってしまった主演ジョニー・デップ編という悪ふざけについてはここできっちり葬っておく)

 

あぁ、楽しい!こんなに楽しい妄想が他にあるだろうか。外堀の豪華さよ。真田丸レベルの出城を作ってしまった。

自分のWikipediaページの構成を考える、といったお手軽妄想も得意だが、目の前の二人のおかげでこれまでにない壮大な妄想を作り上げることができた。

 

そして驚くなかれ。私はこの夜、前日からの二日酔いの影響で酒を一滴も飲んでいない。シラフで語っちゃったぜ。

 

この横暴を許す素晴らしき友には感謝せねば。それでこそ大河ドラマには不可欠な存在。

 

彼らのためにも、そして日々続く生活の微々たる向上心維持のためにも、大河ドラマプロジェクト、鋭意進行中です。

確立したい

自我の確立」という便利な言葉を知った。

 

星野源のエッセイ「蘇える変態」を今更ながらつい最近買った。悔しいが非常に面白い。

 

蘇える変態

蘇える変態

 

 

読みやすい題材、言葉で、自虐・下ネタも多く、かつ「ゆる斬新」な切り口。そして命の危機に瀕した時期の作品だけに言葉の持つ説得力・重みをこちら側に想像させる。悔しい。何かで「星野源の魅力に屈しない女子会」みたいな記事を読んだが、その論議もわかる。そして全国民玉砕だろう。少なくとも私のような人間はあっさり屈した。もう国民みんな好きでいいじゃん。ってか嫌いになる要素が少ないんだもの。

 

その「蘇える変態」のなかで「この頃はまだ自我というものが確立されておらず…」みたいな文章を読み、なるほどいい言葉だと思ったのだ。

個人的にこの穀潰し期間を「自我の確立に充てた」と名づけることで正当化したい。

 

だが「自我」ってなんだ?という疑問がわく。あたりまえなのだが。

 

「自我」とは、、、ここで国語辞書の引用を持ってくるようなエッセイをよく見かけるが、私は自分で悲しくなるぐらい面倒くさがりの為引用しない。辞書に書いてあることぐらいだいたい想像つくでしょ?「自分らしさ」とかだよ、たぶん。

 

その一方で、先日平野啓一郎の「私とは何か―「個人」から「分人」へ」という新書を読んだが、そこでは本当の意味での「自分らしさ」というものは存在しない、と記されていた。

 

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

 

 

この「分人論」についてはかなり読み物として面白いのだが、具体的な主張についての解説はどうしても長くなるのでAmazonのレビューでも見ておいてほしい。それに実生活で活かしていくのはなかなかに難しいように日々感じている。

 

では「自分らしさ」というものの存在も怪しくなってきた。「自我」ってなんだ

 

ここで星野源に帰ってくる。「星野源オールナイトニッポン」にて「自信の身に付け方」をティーンリスナーたちに語る星野源

話脱線しますけど、あのANNの月曜日担当すよ。あの伊集院と真裏で相撲とってるんすよ。凄くないですか星野源。僕が初めて彼を見た頃はtvksakusaku白井ヴィンセント(黒幕)から「モテルバーグ監督」とか言われてたんすよ。タマフルでは「スーパースケベタイム」として番組ジングルを匿名で作ってたんすよ。どうした星野源

いつか「星野源オールナイトニッポン」を聴いたティーンエイジリスナーが歳を重ねて、伊集院のラジオにサイコ版空耳アワーみたいなネタを送りつける。もしくは磨き上げたセンスと膨大なサブカル知識を武器にタマフルで「女の子に蹴られたいシチュエーション」を全力で語り合う。そういう未来を私は願っているのです。

 

はい脱線修正。ラジオで言ってたのは、ざっくり言うと「カッコいい行動して、カッコいい内面になって、ダサい自分を打ち払え」ってこと。そうすれば共鳴しあえたり、磨きあえる人たちが自然と寄ってきて自分に自信が持てるよ、って。

www.subcul-girl.com

(こういうのを真面目に語るのも良いのよねぇ)

 

うーむ、なるほど。悔しいけど正しいかも。

 

ってことでとりあえず、なんでも「自分が好きな事・カッコいいと思う事」から固めていこう。外見→内面の順番だ。「ラブホの上野さん」でも「結局人は見た目で判断するのでございます」って言ってたし。他人は内面なんか滅多に見てくれないのだ。

 

3月は雰囲気・見た目のリストラクチャー月間としましょう。早速髪型を変えてみました。初めての美容室にも行ってみました。初対面の美容師のお姉さんともスマートに会話しました。「ハチの張りと絶壁アタマがコンプレックスなのでマッシュ系の髪型にしたいです。仕事がスーツなのでビジネスにも使える感じで。必要があればポイントパーマも入れたいですね。あ、前髪は重めで左から右へアシメ風にお願いします。」完璧なオーダー。まあ、髪が短くてマッシュの土台しかできなかったんだけどね。

 

そのお姉さんはとてもいい人で気さくに会話も盛り上がり、終盤には「お客さん、オシャレとか好きでしょう?」と現在のピンポイントキラーワードを言われて大満足。

 

あら、こういうの楽しいじゃない。見た目を磨いた(気になった)ら、こんなにも世界が明るくなるのか

 

今は他人との面倒くさいしがらみをすべて断ち切っている状態だから気楽でいい、ってのは十分わかってるけど、それでも髪型を変えたり服を買って、オシャレになった気分で「Week End」とか聴きながら、れにちゃんみたいな顔(星野顔)を作って街を歩くだけで気分が晴れる。この手段を知っただけでも大きな進歩。「自我の確立」って個人的には「無条件でテンションが上がる、自分に自信が持てる、自分にとっての安らかな場所を見つける」ことなのかなって結論です。平野要素もちょっと入れてるよ。

 

ただ、テンションMAXのときに不意打ちで苦手な人に会った時のキョドり体質は改善されていないので、星野君、次はそういうところ話してよ。

 

 

追記)たっつんさまのブログ「轟け!サブカル女子」を引用させていただきました。

記録を残したい

25歳から50歳までの25年間を「完璧な四半世紀」に。

 

約半年の放牧(穀潰し)期間の終了が近づき、社会へひっそりとリデビューを果たす。と同時に、25歳という節目も迎えようとしている。唐突に上記のような事を思い立ったのは、誕生日の1か月半前の風呂場だった。

 

この半年は自分という存在を考え続けた。ここでその答えのようなものをつらつらと書くのは面倒だし馬鹿馬鹿しい。だが、この「面倒」で「馬鹿馬鹿しい」ことを半年間無限ループのように考え続け、時に落ち込み、時にニヤニヤしていた。

 

そもそもこれまで私は多くの人、モノ、経験からたくさんのことを学んできた。その集大成たるものがこの半年間だろう。多くのことを学び、咀嚼してきた。だけども、この「学び」を世間様に上手く活かしきれていない気がする。というか、世間様に活かす勇気がないような気がするし、そもそも自分の役にも立てていない。相変わらず自分に自信を持てず、これまでの「学び」を苦悩する自分に酔うための道具に使っているだけなのかもしれない。

 

これはまずい。社会人として、ひいては人間として生産能力が無さすぎる。このままでは死にきれない。いつも斜に構えて、サブカル通を自称する、青春ごっこ真っ只中のオッサンになってしまう。いやだ、まっとうな大人になりたい。

 

そう思った私は、節目の年齢を迎えるにあたって、ひとつたいそれたことを言ってみようやってみよう、という気になった。物事を「学び(真似び)」に留まらせず、「習い(慣らひ)」に昇華させるように次のステップに上がる。それが自信の醸成、「大人の余裕」の創出、モテ期の到来に繋がるのではないか。人からなめられないようになるのではないか。

 

風呂場の私はヒートアップしてきた(五右衛門風呂状態)

 

というわけでまずは、自分の中である定義を作ることにした。

 

①人生の期間を75年とする。

 

人間75年も生きれば十分だと思う。そこから先があるとしても、人生大きく好転はしないだろうし、主義主張は老害になるだけだ。寧ろご褒美タイムとしてこっそりと味わいたい。

 

②その75年を三等分し、「吸収期」「交流期」「禅譲期」と名付ける。

 

この定義において、現在「吸収期」と「交流期」の過渡期に私は立っている。 

社会(家族、学校、会社、芸術etc)から何かをテイクし続けるだけの時期を終え、社会に対してギブも行っていかなければいけない時期に来たのだ。これからの四半世紀はギブ&テイクの四半世紀なのだ。

 

定義は続く。

 

③25~50歳を「PERFECT QUARTER CENTURY(完璧な四半世紀)」とする。

 

名前をつけてキャンペーン化した方が楽しい、的な事をみうらじゅんの本で読んだ気がする。そこで、バンドじゃないもん!(通称:バンもん!)が2017年、「PERFECT YEAR 2017」というプロジェクトを立ち上げたことにまるっと乗っかることにした。

perfectyear2017.ponycanyon.co.jp

執筆時点での推しメンは甘夏ゆず(コットンイエロー)。

 

さあ始まる「PQC」!定義を定めたところで、次はルール作りだ!

と、息を巻く全裸の私。

 

<ルールその1>25年の間、自分が「したい」ことを記録し、公開し続ける。

 

ブログ開設。これからは「した」ことよりも「したい」ことに舵を少しずつ切っていく。「考え、行動に移す」四半世紀にする。偉いぞ、俺。

 

<ルールその2>50歳の誕生日までにwikipedia(もしくは2042年現在のそれに類するもの)に自分のページができていた場合、この記録を出版する。

 

以前下北沢の居酒屋で熱く語った黒歴史をここで敢えて登場させる余裕だ。wikipediaに載るような人間になりてぇ、と。

 

<ルールその3>万が一、wikipedia(もしくは2042年現在のそれに類するもの)に自分のページができていなかった場合、全記録を消去し、粛々と禅譲に努める。

 

そのときはこんな記録を残して死にたくない。先にこの記録を成仏させてあげないと可哀想でしょ、自分よ。

 

 

とりあえず、その時その時の「したい」を中心に記録を残すという作業を自分に課し、50歳の時に振り返って面白かったと思える25年を送れるようにしたい、というのが本音のところ。なんとなくはじめてみよう。「記録を残したい」と思ってしまったのだから。

 

そして2042年、この字面を見て笑っている50歳の自分に会いたい。ゆずポン推しだったなぁ、って。